手帳やカレンダーの隅に、「大安」「仏滅」と並んで「一粒万倍日」「天赦日」という文字を見かけたことはないでしょうか。近ごろは財布の新調や開業の日取りをこうした吉日に合わせる方も増え、暦の言葉としてすっかり市民権を得た感があります。けれど、その由来や意味までご存知の方は、案外少ないかもしれません。今日は、六曜だけではない「吉日の暦」の世界を、そっと覗いてみましょう。

暦注 ― カレンダーに書き込まれた小さな導き

日本の暦には古くから、日付そのもののほかに、その日の吉凶や過ごし方の目安を添える「暦注(れきちゅう)」という書き込みの文化がありました。よく知られた六曜も暦注のひとつですし、今日ご紹介する一粒万倍日や天赦日は「選日(せんじつ)」と呼ばれる暦注の仲間です。カレンダーの片隅の小さな文字は、長い年月をかけて受け継がれてきた、日選びの知恵の名残なのです。

一粒万倍日 ― 一粒の籾が万倍に実る日

一粒万倍日(いちりゅうまんばいび)は、「一粒の籾(もみ)を蒔けば、万倍にも実って返ってくる」という言い伝えに由来する吉日です。小さな始まりが大きく育つ日とされることから、新しい物事の始めどき――開店、習いごとの初日、財布の使い始め、種まきなど――に良い日と言われてきました。月に数回ほど巡ってくる、比較的出会いやすい吉日です。

面白いのは、この日の言い伝えには裏面もあることです。「増えて返る」のは良いことだけではなく、借りものや揉めごとも万倍になるとされ、人からお金を借りることや、後を引きそうな争いごとはこの日を避けるのが良い、とも言われてきました。増やしたいものを蒔く日であって、抱えたくないものを背負う日ではない――そんな使い分けの妙が、この吉日の味わいどころです。

天赦日 ― 暦の上で最上とされる日

天赦日(てんしゃにち・てんしゃび)は、「天がすべての罪を赦(ゆる)す日」と書き、暦の上では最上の吉日とされてきました。季節と日の干支の組み合わせから導かれるため巡ってくる回数が少なく、年に数回ほどしかない希少な日です。この日は何事を始めるにも良いとされ、長く迷っていたことに踏み出す日、新しい章の扉を開く日として選ばれてきました。

一粒万倍日と天赦日が同じ日に重なることもあり、そうした日は「吉日が重なる特別な日」として人気を集めます。もっとも、暦の吉日はあくまで言い伝えの世界のお話。重なりの日を逃したからといって、何かが損なわれるわけではありません。

寅の日・巳の日 ― 干支の巡りが運ぶ吉日

日々には十二支も割り当てられており、十二日ごとに巡ってくる「寅の日」「巳の日」も吉日として親しまれてきました。寅は「千里を往って千里を還る」と言われる勇猛な生きもの。そこから寅の日は、出かけたものが無事に戻る日――旅立ちや、手元から出ていくお金が戻ってくることを願う日として好まれてきました。巳の日の蛇は、七福神の弁財天と縁の深い生きものとされ、金運や芸事にまつわる願いごとと結びつけられています。

吉日との付き合い方 ― 選びすぎない、という作法

こうして並べてみると、暦の吉日は思いのほか数が多いことに気づきます。六曜、一粒万倍日、天赦日、寅の日、巳の日――すべてを気にし始めると、かえって身動きが取れなくなってしまうでしょう。吉日は、行動を縛る決まりではなく、始めたいことの背中をそっと押してくれる口実です。「いつか」と思っていたことを「この日に」へ変える。その小さなきっかけとして、カレンダーの隅の文字を軽やかに借りてみてはいかがでしょうか。

今日という日がどんな一日になるかは、暦だけでは決まりません。一日一度の神託とあわせて、今日という日を丁寧に始めていただけたらと思います。