「行ってきます」「おかえりなさい」――何気なく交わす言葉が、その日の空気を少し変えることがあります。日本には古くから、言葉には力が宿るという「言霊(ことだま)」の考え方があり、口にする言葉を大切に選ぶ文化が受け継がれてきました。今日は、この言霊の考え方と、暮らしに息づく言葉の験担ぎのお話です。
言霊 ― 言葉に力が宿るという古い考え
言霊とは、声に出した言葉に宿るとされた霊的な力のこと。良い言葉を口にすれば良いことが、不吉な言葉を口にすれば良くないことが起こる、と考えられてきました。この考え方は非常に古く、奈良時代に編まれた『万葉集』には、日本を「言霊の幸(さきわ)う国」――言葉の力が幸いをもたらす国――と詠んだ歌が残されています。千年以上前から、この国の人々は言葉というものを、単なる伝達の道具以上の何かとして扱ってきたのです。
忌み言葉 ― 節目の場で言葉を選ぶ文化
言霊の考え方がもっとも色濃く残るのが、人生の節目における「忌み言葉」の文化です。婚礼の場では「切れる」「別れる」「戻る」といった別れを連想させる言葉を避け、受験生の前では「滑る」「落ちる」を口にしないよう気を配る。お祝いの手紙で重ね言葉を避ける習わしもよく知られています。これは迷信深さというより、大切な節目に立つ人の心を、言葉の連想で曇らせまいとする心配りの文化と言えるでしょう。避けた言葉の数だけ、相手を思う気持ちが折り込まれているのです。
縁起直し ― 「するめ」が「あたりめ」になった理由
言葉の験担ぎには、避けるだけでなく「言い換える」という積極的な知恵もあります。よく知られているのが「するめ」を「あたりめ」と呼ぶ言い換えです。「する」が財布を「掏る」やお金を「磨る」に通じて縁起が悪いとされ、反対の「当たり」に替えて呼んだのが始まりと言われています。同じ理由で、梨を「ありの実」と呼ぶ言い換えも伝わっています。「無し」に通じる音を、「有り」にひっくり返す――駄洒落と紙一重の、けれどどこか粋な、前向きの言葉遊びです。
朝のひとこと ― 自分にかける言葉の験担ぎ
言葉の験担ぎは、特別な節目だけのものではありません。朝、鏡の前で「今日もなんとかなる」とひとこと声に出す。出がけに「行ってきます」をきちんと言う。うまくいかなかった日の夜に「まあ、こんな日もある」と口に出して締めくくる。声に出した言葉が自分の耳から入って、気分の向きを少し変えてくれる――そんな感覚を持つ方は多いのではないでしょうか。自分が一日でいちばん多く聞く声は、自分の声です。だからこそ、自分にかける言葉くらいは、縁起の良いほうを選んでやりたいものです。
言葉狩りにしない、という節度
最後に、言霊との付き合い方についてひとつ。忌み言葉や言い換えの文化は、行き過ぎれば窮屈な言葉狩りになってしまいます。うっかり「落ちる」と言ってしまったから駄目だ、などと思い詰める必要はまったくありません。言霊の文化の本質は、言葉を禁じることではなく、言葉を大切に扱うこと。ここぞという場面で、相手のために、自分のために、少しだけ言葉を選ぶ――その「少しだけ」の心配りを、暮らしの句読点として楽しんでいただけたらと思います。